2022年10月25日

終活をしたい人たちと日影茶屋ではお互いに声を潜めるわたし

逗子に住む、叔父・叔母のところへロンリーでロングドライブしてまいりました。

ロードスターからMAZDA3に変えて、人を載せられるようになったので
送迎しつつランチでも食べたいなとずっと思っていたのが叶いました。

すべて頑張るつもりでいたのですが、
マメな性格の叔父に
「大変だからお店で待ち合わせしよう」
と提案されて、結局お店に集合することになりましたが。元気なのはいいこと。


当日
わたしは「せっかくだから主義」が発動しまして、
せっかくだから早起きして
鶴岡八幡宮へお参り。これで、「日本三大八幡宮」コンプリート。感無量。




そして、
葉山マリーナ近くの「日影茶屋」へ向かいました。



右手に海を見ながら車を走らせつつ
広がる景色を見ていたら

ああこれは。
あー
これは。

と、心臓が内側に折りたたまれていくような感覚になりました。

安っぽくて簡単な言葉で言うと
「せっつなーーーー」
って(笑)


あれから30年以上たっていて
わたしはその間、いたるところにちらちらと落ちてた「思い出」を回収しては折り合って、
苦かったり甘かったりしてきた記憶を自分の都合のいい場所に収め、
たまに取り出して都合よく愛でたりしていました。

シブヤにもヨコハマにも
オモテサンドウにもたくさん落ちていたかけらを回収して
ひとりごとを言って、あらかた収めたつもりでいました。

それがね、
まだあった(笑)

逗子マリーナに建っているマンション群を遠めに認めて、
ああ、そうだったね、
わたしはあそこにもいたな。ああ、あそこだったな。
って。
まあ
ただそれだけの感情なのですが。それだけの感情、でも、かなり大きめの感情でした。

気を取り直して(笑)
叔父叔母とランチ。




わたしはきっと
初めてまともに叔母に触れたかもしれませんでした。
ゆっくりと杖を突いて歩く叔母のもう片方の手を取って、
一緒に店内に入ったり、トイレに行ったり。
お互いビンビンに若くて元気な頃よりも寄り添うことが自然でした。

なんせ
わたしは、母も父も、彼らが「老いる」前になくしているので、年寄りの扱い方が分からないのですが
彼らは、そういう人間にありがちな過剰な優しさをはねのけるくらいの「お達者」感を出してくるので、
ほんとに助かりました(笑)

叔父は、いまだにちゃんと「喧嘩っ早い」し
叔母は、それに対してちゃんとおしゃれな「嫌味」が言えるような人たちで、
ランチは始終笑いっぱなしでした。

それでも話は
吉田にあるご先祖のお墓のこと、
子どもを持たなかった叔父叔母の「墓じまい」のこと、
そんな内容が多かったです。

叔父と叔母には子供がいません。

わたしは長男を産んですぐに母を亡くし、
長男が5歳の時に父を亡くしました。
叔父と父は双子なので同じ顔でして(笑)長男はすぐに叔父のことが「じーじ」になりました。
それ以来、
叔父と叔母はもう張り切って静岡に来てくれて、その間はずっとわたしの長男を連れて遊んでくれました。
小学生の長男をそのままポイっと新幹線にのせて「〇号車に乗ったから!」と叔父に電話をし、
小田原の駅で受け取ってもらう大冒険も、何回させたことか。
一緒に連れていきたいからと、台湾に三人で行くのを送り出したこともありました。


食事をしながら叔母が笑って

あの子のおかげで人生が楽しかった。
あの子がいなかったら、ただの子供のいない夫婦だったもの。

と、言ったとき
なんていうかわたしは
さっきの逗子マリーナを目の端でウッカリ見てしまって少し揺れていたせいもあって
なんていうかちょっと

泣こうかと思ったよね(笑)


帰りしな、車まで叔母を介助してゆっくり歩調を合わせている叔父の
ナナメ後ろ姿を見ていた時も

ああ
父が生きていたらきっと
こんな姿かたちになってたんだろうな
と思い至って

見たかったなあ
こんなふうに年を取った父とか
きっとこの叔母のように、かわいいおばあちゃんになってたはずの母を
見たかったなあ


また
泣こうかと思ったよね(笑)

お店の駐車場で再会を約束して、わたしたちはそれぞれの車に乗り別れました。

別れる前に叔父から聞いておいた、
海沿いをずっと走って秦野中井から高速に乗るルートでわたしは帰ることにしました。

行きに、車の中でずっと聴いていたボンジョビ(練習曲含むw)を止めて
無音のまま車を走らせることに。
ボンジョビを流してしまうと、
静岡であくせく仕事をしながらドラムがうまくなりてえとわあわあしているわたしが
おセンチになりたいわたしを蹴散らしてしまいそうだったから。

ああそうだよ?せっかくここまできたんだ。わたしはおセンチになりてえんだよ?ww

無音のまま江の島を過ぎて、茅ケ崎のあたり。
防風林で海が見えなくなったへんで、
カメラを抱えて映りが良い場所を探し回るヤツや、うんざりした顔で文句を言い続けるオンナや、
付き合ってああだこうだと荷物をもって走り回り、ふざけて転がりまわっているヤツラが出てきました。
馬鹿だなあ(笑)

くだらなければくだらないほど価値が出る宝ものを
とにかく集めていた気がしました。
なぜそんなことをしていたのかっていうと、
時間は無限にある気がしていたから。

わからない
もしかしたら本当に時間って無限なのかもしれない。
でも
ああして「お墓の話」をしたり、指の先からぽろぽろこぼれるように周りの大切な人がいなくなったりすると
やっぱり時間って「経つ」ものだし、わたしたちは何かを失くしていってると
思うようになっちゃうの。


だからわたしはとりあえず
せめてわたしより若い世代の人たちに

わかってないわね、なんにもやってきていないくせに。経験値からいうとね、そんなの甘い考えなのよ。
ちゃんとしなさいちゃんと。

なーんていわないオトナではあり続けようと
思っているのです。


  


Posted by カヨ at 12:19Comments(0)ブログ思う日々食べる