2017年08月12日

夏の徒然 歌い手の声のこと 手のひらの幸せのこと


声のこと


数年前
忌野清志郎の追悼番組のインタビューに仲井戸麗市が出ていた。

「清志郎の魅力はズバリなんですか」
みたいな質問に

「そりゃあ、『声』でしょう」

と答えていた。

いい歌を作る人がいる
歌うのがとてもうまい人がいる
そして、声がいい人がいる

自分の「ドハマリ」ポイントって、
その時々によってちがう。
例えばメロディラインだったり歌詞の一節だったり
歌い上げ方とかまあいろいろあるけど。

でも、
声って
好きな声っていつでもハマることができる(笑)


わたしは、
バラードの中で一番いいバラードは

「スローバラード」
だと思っています(笑)

もちろん、一番好きなので、カバーとかは許しません。
どんなに上手に歌い上げても、
清志郎が歌っていないとダメ







それと、
しあわせのこと

昨日、一緒に夜更けのお茶してた友人が、
ふと手のひらを上に向けて

「例えばここにね、『わたしの価値』っていう砂を置いていくわけ」

と、不思議ちゃんになってきた(笑)

ちょっとしか置けない時もあるの。自分のことが嫌いな時なんか、何にも置けないし。
それでも、自分を見て、あーこんなとこステキ、いいじゃんわたし!お~価値あるよ~
ってときに、砂をつまんで、手のひらにのせてくわけ。

そしたらさ、
もういっぱいになって、のらなくなるとさ、
さらさらさら―って下にこぼれ始めるじゃん?
そうなってはじめて、
周りの人を愛してる、愛せる、って
そういうことだと思うの。
だから、
周りの人って、わたしの掌がわたしの幸せでいっぱいでこぼれ始めないと
幸せにならないの。

って言っていて、

本当にびっくりしました(笑)

最近、
私の周りはそういうことを言う人が多い。

きっと大事なことだから、
神様が、いろんな他人の口使って、何回もわたしに言ってくるんだな(笑)


すき
あいしてる
だいじにおもってるから

同性にも異性にも相手にそれを繰り返してしまう人は
手のひらの砂が足りていない

もちろん、こころからそう思ったらそういえばいいけど
義務感とか強迫観念で口癖になってるなら
一旦手のひらを見たほうがいいのかもしれない。


かくいうわたしも、
若いころは
「わたし
アナタに一日300回好きって言える」
って、
明言していたけど。
それは
だからあなたも、、
ってことと同じ。

だからあなたも言ってね
でないとラブラブってことにならないでしょう?
わたしのほうは足りてないんだからね?

って、言ってたのと同じ。

足らすのは、わたし自身。
最近ようやくわかってきました。

友人知人家族、そして恋人同士
すべてに当てはまること

たまに、
友人や家族に
急にね、
「わたし何かを返したい」
と、思うことがある。具体的に何、ってわからないのだけど、
ほんとヘンタイのように何でも差し出して何か返したいってこみあげてくることが(笑)

それこそそのとき、

きっと
彼女が言ったように、手のひらから砂がさらさら流れ落ちているときなのかなあと思うのです。

もちろんそれは、いつもそうではないのだけどね。

もちろんそれは、空っぽでかっさかさで(笑)ぎすぎすしてる時もある。


そしてもちろん、自分が空っぽの時にヒトになにかする

お節介

などは、ただの

欲しがり

ですから。


わたしの周りには
ちゃんと自分をだいじにしつつ
本当にこみあげてきて
「すき」
「おかえししたい」
って思える人がたくさんいる。

ずいぶん年下なのに
ほんとに「おおー♡」と思える方たちもいる。

照れずに正直に
無駄な謙遜はしない
じぶんの好きなことをする。


一日一善(じぶんに。笑)



お盆ですね

ハロウィンなんてどうでもいいから
ご先祖様を大切にする心を持ちましょう。

宮迫がオフホワイトかグレーか真っ黒かなんてどうでもいいから
グアムに爆弾が落とされないことを。日本の上を通ることに強い怒りの意思を持ちましょう。


最後ちょっと真面目な(笑)


  


Posted by カヨ at 12:09Comments(0)思う