2024年10月19日

わたしのすきなひと



せんだって
お付き合いを始めてかれこれ15年以上になる不動産女史にお寿司のランチをご馳走になりました。

わたしたちはたまにこうやってペロッと会うのですが、彼女がまったく慣れあわない性格のため本当に何かしら用事があったときにしか会いません笑



彼女は、
わたしの、「できないのはわかるよ、でも、そうは言っても〇〇じゃん?」などという『余計』な部分が分からない人です。
わたしが、お客さまのことでちょっと無理そうなことだけともうちょっと思いやりの心をもってお伝えするときにちょっとやんわりお伝えするにはどうしたらいいか悩んでいると
イヤミとか非難とかそういう負の要素がまったくないキョトン顔をしたりします。
え、だって無理なんだもん無理って言わきゃなんなら早めに。。
って笑

扱っているものが「不動産」だからか、そういう性格だから不動産を扱うようになったのかは謎ですが、
もがいたりとりつくろったりすることが無駄なモノをありのままに誠心誠意あつかう女性です。

ねーなんか〇〇地域にお買い得な土地でてないーー??
というと
あるわけないじゃんそんな土地。人死んでるとかそういうのじゃ嫌なんでしょ?
と言われます。言われ続けて15年なので最近はもう言いません笑

一緒に土地を見に行っても、帰りにお茶していこうか、という話になるのはたまーーにですし、
ちょっと聞いてほしいことがあるからと言っても土日はプライベート優先なので会ってくれません笑

それで、ようやくあえて悩み事をうじうじ話すと例の「キョトン顔」です笑

わたしもひとの悩みを聞かされた時に
「だったらやめればいいじゃん」
とか
「なんでズルズル引きずっているの?」
とか言うことがありますが、それは、ほぼいじわるで言っています(笑)
でも、彼女はね、ほんとうにそう言ってきます。引きずるわたしの真意がまったくわからないから、子どものような顔で
「どうちてやめないの?」
って言ってくるわけです。
だからといって、心のひだひだが足りない感情に乏しい冷たい人なわけではなくて、なにかの拍子に二人でオイオイ泣いたりもします。



知り合ったとき
彼女はすでに一人で事務所を持ちバリバリはたらいていました。わたしはサラリーマンでした。
そのあとわたしも独立して、いつも助言してもらったりしながら今に至るのですが
彼女はその間に離婚したり、事務所兼住宅を売り移転したり、
お父さまを見送りお母さまの介護をし、飼い猫も三匹見送りながらまた一人で住む家を建てたりしていていました。
わたしはそんな彼女をみていると
なにも思い切れずにブツブツいいながら現状維持に必死になっているじぶんが汚く思えたりしてしまうのでした。
たぶん彼女はまちがいなくわたしのそういう自責も、意味が分からない無駄なモノと言うでしょう。


わたしは

空中に浮かんでいる「なにか」を言葉として、分かりやすい言葉として表現するのが好きです。
「なにか」はひとと話している時の「間」だったり、その人の口の端の空気だったり、
誰かと会った後に歩いて帰る雑踏の中で感じるなにかだったりします。
そしてそれを、わたしが上手に言葉として表現できたとき似た感覚を持っているひとが
「ああ、なんかわかる」
と共感してくれたりすると「んふー♡」と嬉しくなります。

そういうひとだと会話も、癒されたり刺激されたりで楽しいです。

で、彼女にはほぼその共感がない笑 でもなぜ一緒にいるかというと、わたしは彼女にその部分を期待していないのでイライラしたり寂しくなったりもなく、楽だからだと思います。
彼女の優しさや思いやりは、わたしにとって「むきだし」で、受け取るこちらが後ろめたくなってしまうほどきれいです。
こんなのうけとれない、とか、どうしてこんなにまで。。。とか表明すると、
また例の「キョトン顔」で
「え、駄目だった?きらいだったこういうの。もっとほかのほうがよかった?」
となるのでキツイですが、
要するにわたしは彼女が大好きです。
  


Posted by カヨ at 15:58Comments(0)ゆかいな仲間たち日々